約1世紀前の1920年代にOtto Warburg博士はがん細胞のエネルギー代謝は正常細胞のそれとは異なることを見出した(J Cancer Res 9: 148-163, 1925)。すなわち、がん細胞は1分子のグルコースから32分子のATPを生み出すミトコンドリアでのTCAサイクル→酸化的リン酸化ではなく、2分子のATPしか生み出さない解糖でエネルギーを産生するというものである。このがん細胞に特徴的な代謝様式はWarburg効果として広く認知されているが、その後がん細胞の代謝に関する研究は長く停滞していた。非効率的な解糖によるエネルギー代謝が盛んなため、がん細胞は正常細胞より多量のグルコースを取り込むことを利用したPET(positron emission tomography)検査が臨床に導入されるようになった今世紀初頭から、がん細胞のエネルギー代謝研究は活況を呈している。Warburg効果以外にも、がん細胞に特徴的な代謝様式があることが明らかにされがん細胞の遺伝子変異との関連が示唆されている。また、増殖の盛んな大多数のがん細胞とごく少数のがん幹細胞の代謝様式は異なる場合もあることが知られるようになった。がん細胞の代謝研究の進展とともに腫瘍免疫を担う細胞、特にT細胞の抗腫瘍機能と代謝との関連についての研究も急速に進展している。例えばナイーブT細胞はミトコンドリアでの酸化的リン酸化が主体であるが、エフェクター機能を発揮する際には解糖優位になり、メモリーT細胞では再び酸化的リン酸化優位になる。また、最近CAR-T細胞治療においてCARの細胞内ドメインの違いにより代謝が異なり、解糖優位なCD28型より酸化的リン酸化優位な4-1BB型の方が多くのcentral memory T細胞を生み出し持続性に優れ、疲弊しにくいとする報告がなされた(Immunity 44: 380-90, 2016)。
我々の研究室は難治性腫瘍に対する新たな遺伝子改変T細胞療法の開発を目指しているが、輸注した治療用細胞がより高い奏功を示すために乗り越えるべき課題はまだまだ多い。腫瘍局所ではがん細胞とT細胞などの免疫細胞が ’food fight’ を行い、がん細胞の旺盛な解糖により低グルコース、高乳酸のT細胞にとっては劣悪な代謝環境であると考えられる。今後治療に用いるT細胞(αβ、γδ)の代謝特性の理解を深め、CARの細胞内ドメイン毎の代謝の違い、さらには抗腫瘍効果との関連性を明らかにしより有効な細胞療法につなげていきたい。
(文責:三輪)